たぬきクラブ



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18件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[18] 情報と実感

投稿者: 湯川拓也 投稿日:2018年 6月14日(木)11時58分40秒 pw126035003091.25.panda-world.ne.jp  通報   返信・引用

情報と実感について考えされたツアー

私がこのツアーで感じたことの一つは、情報と実感の関係です。
去年、一昨年、と連続で被災地に行って思ったことと重なるのですが、媒介された情報をいくら記憶に中に入れようと、実感という感覚は近づこうとしなければ見えてこないということです。

被災地の情報はメディアなどを通して知っていたつもりでしたが、その場所を訪れた時に初めて知れたことが本当に多くありました。
それは、現地の被災者の方とお話をしたり、カメラという意識的に情報を制限されたものから解放されて自分の好きなように感じるという事です。
今回のツアーは大昔の人類の実感に近づくためのツアーだと思いました。
実感を持った生命体はいませんが、実感を持った物質とは出会えました。
その物質たちによって私は大昔の人間の実感に少しは近づけたと思います。
今よりも信仰というものが人生の中で割合を多く占めていた時代、人がなにを信じ、何を願ったのか、そんな切なさを感じました。

もう一つありがたかった事は他キャンパスとの交流です。
私は上野毛キャンパスの人間なので八王子の人とあまり交流がありません。
ホテルに泊まったあの日、八王子の学生達と色々な物の考え方の話をしました。
同じものを見て、各々やっている芸術領域によってアプローチの仕方が違ったり、意外と同じだったりと、アーティストとして考えさせられました。
私は演劇をやっているので、一人ではあまり作品を作ったことが少なく、個人としてその作品にどうアプローチをして世界を作っていくのかと考えました。

とても楽しいツアーでした。
このような交流を持つ機会がもっと作れたらと思いました。




[17] Re: 西安の郊外のとこかの・・・

投稿者: ?? 投稿日:2018年 6月14日(木)11時49分56秒 pw126035003091.25.panda-world.ne.jp  通報   返信・引用 > No.13[元記事へ]

> 大悲山薬師堂石窟に行って 違和感なく、西安の郊外のとこかの山の奥にある石窟のような。洛陽の龍門と大同の石窟同じ雰囲気感じれる。だがまた違和感感じた。中国の中原地方(西安 山西 山東 河南)の石窟は大体 一つ山に集める場合が多くけど   大悲山薬師堂石窟は何百メートルを離れて 別の石窟が出てくる   それは一体なぜでしょうか? 洛陽の石窟は王様のために、中原地方の住んでる人民の思想を支配するために、やってたことと考えたが、仮に中原の人は戦争を逃げるために、福島に来たら、自らは石窟を掘るという気持ちがなるか?しかも こんな大きな石窟を掘るために 、必ずお金出す人がいます 。その人は誰でしょうか 及びなぜ福島で石窟を掘る? 本来石窟を掘ることが すごく場所を選ぶ  洛陽や 大同 や 敦煌は あまり地震と火山がないため、大仏の保存がいい、だが 福島は確かに 鉄とか 取れるし だが、石窟を作ると一番理想地か どうか、分からない。 昔は風水を研究してる先生から聞いた話が 大仏を作る時 風水は必ず見る。 多分 福島に作るもその原因があるかなと思いました。 あと 私的な考えたこと 敦煌の石窟は 多分700ぐらい ある。 そのうち300ぐらい生活用石窟  中原地方もよく 生活用石窟がある 。 もしかして 中国から逃げた人たちはここで生活をするために石窟を掘ったではないかなぁと思いました   ごめんなさい 疑問ばかりで 感想文に言えるか どうか、 分からない  もし青木先生 暇あれば ご回答を聞きたいです。

> 大悲山薬師堂石窟に行って 違和感なく、西安の郊外のとこかの山の奥にある石窟のような。洛陽の龍門と大同の石窟同じ雰囲気感じれる。だがまた違和感感じた。中国の中原地方(西安 山西 山東 河南)の石窟は大体 一つ山に集める場合が多くけど  大悲山薬師堂石窟は何百メートルを離れて 別の石窟が出てくる  それは一体なぜでしょうか?
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> 大悲山観音堂石窟との距離は、地図を見ると離れていないんです
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> 今新しくできた道の関係ですね。あれはだいたい隣同士の山を削った山ね
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> 洛陽の石窟は王様のために、中原地方の住んでる人民の思想を支配するために、やってたことと考えたが、仮に中原の人は戦争を逃げるために、福島に来たら、自らは石窟を掘るという気持ちがなるか?しかも こんな大きな石窟を掘るために 、必ずお金出す人がいます 。その人は誰でしょうか 及びなぜ福島で石窟を掘る? 本来石窟を掘ることが すごく場所を選ぶ  洛陽や 大同 や 敦煌は あまり地震と火山がないため、大仏の保存がいい、だが 福島は確かに 鉄とか 取れるし だが、石窟を作ると一番理想地か どうか、分からない。 昔は風水を研究してる先生から聞いた話が 大仏を作る時 風水は必ず見る。 多分 福島に作るもその原因があるかなと思いました。
>

> まずこの時代まだ東北の人たちが仏教を理解できる時期ではありませんでした。
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> ですから、多分宗教的なリーダー(都の人)がやってきたことと、福島から鉄を運ぶ人(パトロン)が連携したのでしょう。
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> 風水はぜひ今度、どこを起点とするかを考えてからまーくんが考えて見てください 教えてね。
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[16] 初めての旅行

投稿者: ?? 投稿日:2018年 6月14日(木)11時47分40秒 pw126035003091.25.panda-world.ne.jp  通報   返信・引用

僕において今度の日本美術史概論研修旅行は日本に留学来てからの東京をはなれて初めての旅行でした。日本人の根を探しに行く意味深い旅行で長い間記憶に残りそうな旅行でした。
青木先生が僕たちのために色々なお世話をしてくださったおかげで旅行中に様々な歴史的な貴重なものをたくさん見ることができました。その中で青木先生がよくおっしゃっていた和田大仏・大蔵寺・吉名石仏の場所に行った時が一番印象的でした。まだ誰があの仏像を作ったかあの人々が残した跡の規模がどのぐらいかわかりませんが、仏像を発見したところをもとにして周辺のすごく広い場所もあの人々の影響地と思うことができるので後に 出る研究の結果がどのようになるか楽しみになります。
ふだん歴史を勉強するのに関心を持っていた僕ですが、実際に現場に行ってみたことは初めてだったので一泊二日という限られている時間でもすごく楽しめました。短い時間でも学生たちになるべく多い物を見せようとした青木先生に感謝しながら秋にある京都の旅行もぜひ参加したいと思います。それではこれからもよろしくおねがいします。ありがとうございました!



[15] おびただしい夢

投稿者: 安部彩咲 投稿日:2018年 6月14日(木)11時45分25秒 pw126035003091.25.panda-world.ne.jp  通報   返信・引用

私が一番衝撃を受けたのは大悲山観音堂石窟です。山の中に入っていくとぼうっと明るく照らされた乳白色の石の壁が見えます。見上げるとその迫力に圧倒されました。 5 メートルほど上に千手観音の特徴である数本の手と顔があります。これは日本の石仏ではないなということをすぐに感じることができました。体の部分は大きく摩滅して、美しい乳白色をしていました。私はその失われた部分になんとも言えない魅力を感じました。清岡卓行がミロのヴィーナスの両手ををおびただしい夢をはらんだ無と言ったように、乳白色のなだらかな壁のへこみは
そこにあったであろう滑らかな皮膚と自分には想像もつかない大きな時が流れたことを、感じさせてくれました。大悲山の石窟のガラスの向こうをのぞいた時の衝撃も忘れられません。まるで違う世界のようでした。誰かが黙って座っているような独特の雰囲気がありました。
いちご狩りも浴衣で寝たこともバスに 5 時間乗ったことも初めての経験でした。
とても楽しかったです。ありがとうございました。



[14] 自慢話しをするくらいに

投稿者: 金子満咲 投稿日:2018年 6月14日(木)11時43分30秒 pw126035003091.25.panda-world.ne.jp  通報   返信・引用

感想

東京に帰って来て、石仏に興味のない友人に写真を見せながら自慢話しをするくらいに嬉しくて、楽しかったです。
自然の中に急に横穴墓とかがあると、本当にその場所が神秘的で、そこだけ空気が違うような感じがしました。
観音堂石仏のように、あれだけ大きな石仏をよく作ったなと、よく今まで残っていてくれたなと思いました。羽山横穴のような壁画も、今まで教科書とかでしか見る機会がなかったものを直にこの目で見ることができて、感動しました。そして、大悲山の石仏はなんだか現実味がありませんでした。調べて、わかるまでの過程を聞いているととてもワクワクしました。
自分は福岡県の北九州出身なので、石仏を見るための旅行とか行ったことなかったのですが、福岡に帰った時とか九州の有名なところに行ってみたいなと思いました。



[13] 西安の郊外のとこかの・・・

投稿者: 馬? 投稿日:2018年 6月14日(木)11時41分43秒 pw126035003091.25.panda-world.ne.jp  通報   返信・引用

大悲山薬師堂石窟に行って 違和感なく、西安の郊外のとこかの山の奥にある石窟のような。洛陽の龍門と大同の石窟同じ雰囲気感じれる。だがまた違和感感じた。中国の中原地方(西安 山西 山東 河南)の石窟は大体 一つ山に集める場合が多くけど   大悲山薬師堂石窟は何百メートルを離れて 別の石窟が出てくる   それは一体なぜでしょうか? 洛陽の石窟は王様のために、中原地方の住んでる人民の思想を支配するために、やってたことと考えたが、仮に中原の人は戦争を逃げるために、福島に来たら、自らは石窟を掘るという気持ちがなるか?しかも こんな大きな石窟を掘るために 、必ずお金出す人がいます 。その人は誰でしょうか 及びなぜ福島で石窟を掘る? 本来石窟を掘ることが すごく場所を選ぶ  洛陽や 大同 や 敦煌は あまり地震と火山がないため、大仏の保存がいい、だが 福島は確かに 鉄とか 取れるし だが、石窟を作ると一番理想地か どうか、分からない。 昔は風水を研究してる先生から聞いた話が 大仏を作る時 風水は必ず見る。 多分 福島に作るもその原因があるかなと思いました。 あと 私的な考えたこと 敦煌の石窟は 多分700ぐらい ある。 そのうち300ぐらい生活用石窟  中原地方もよく 生活用石窟がある 。 もしかして 中国から逃げた人たちはここで生活をするために石窟を掘ったではないかなぁと思いました   ごめんなさい 疑問ばかりで 感想文に言えるか どうか、 分からない  もし青木先生 暇あれば ご回答を聞きたいです。



[12] 遺跡のパワー

投稿者: 小出実樹 投稿日:2018年 6月14日(木)11時39分19秒 pw126035003091.25.panda-world.ne.jp  通報   返信・引用

私は美術大学に来ているのに、覚えているのは身体を動かし続けることばかりで、座学でいったい何を学んできたのか未だに答えられません。以前東アジア彫刻史をとっていましたが、頭が悪いのもありますが、専門的なことばかりで頭に入らず、何も学べませんでした。だから、彫刻や美術史については、きっとついていけないだろうと、最初から諦めながら授業を受けていました。ですが、今回のツアーは、色んなそういうことを抜きにして、生で見る遺跡のパワーだったり、美しさだったりを目の当たりにしました。難しいことは何もわからないから何も質問できなかったけれど、なぜ、先生が私たちにこれらを見せたかったのか、わかる気がしました。
中学生のとき、修学旅行で、京都のお寺を訪ね、二匹の竜の天井画を見ました。あのとき、目が離せなかったこと、天井に吸い込まれるような心地がしたこと。そのような体験を、またできたことがとても感動的でした。そして、なぜ、ここなのか、なぜ、こういう造形だったのか、疑問を持つことがとても楽しく、それが新鮮でした。
少しだけ、頭が動き始めたのかもしれません。
これから、身体だけでなく頭をさらに動かしていきたいと思いました。
ありがとうございました。授業も宜しくお願いします。



[11] 唐草模様

投稿者: ???? 投稿日:2018年 6月14日(木)11時37分29秒 pw126035003091.25.panda-world.ne.jp  通報   返信・引用

今回、福島の仏像を巡るツアーに行けてとても勉強になりました。
私は今まであまり仏像とかに興味がなくて、東洋彫刻史の講義を取るまで正直知らないことしなかったので、初めての経験ばかりでした。
私が生まれる何十年も何百年ももしかしたら1000年以上前に作られたかもしれないのに思ったよりも丁寧に細かく作られているし、石なのにここまでできるものかと驚きました。
今の時代は細かいものももちろん多いけど、山とかに大きい作品などを作ることはあまりないので新鮮でした。
炎の模様や唐草模様(?)も丁寧で素敵でした。
時間はきちきちだったけど、たくさんの仏像を回ることができたし、仏像というだけあって信仰の対象になっているものなので、その仏像にまつわる話もたくさん聞けて良かったです。
今までにない経験をさせてくださりありがとうございました。



[10] 人生に点を打つ

投稿者: エンケン 投稿日:2018年 6月14日(木)11時33分8秒 pw126035003091.25.panda-world.ne.jp  通報   返信・引用

今回の校外見学をさせていただき、ありがとうございます。

2日一泊の間、金沢地区製鉄遺跡、烏崎の砂鉄浜、和田大仏・大蔵寺・吉名石仏、そして大悲山薬師堂石窟幾つの文化財を見学しました。中国から来た人として、初めて日本でこんな信じられない遺跡を見るは極感動し、日中両国間の切れない繋がりを感じました。洛陽しか見れない景色が日本の福島で見つけるのは一つ不思議な発見と思います。

仏像が長い年月と共に流れ、顔が消えさえ、残りの体が草むらの中に静かに佇立、気持ちはやや悲しくなります。そしていくつかのが横穴も見学させていただき、その墓地と仏像が隣り合う構造も日本では独特である。

今回旅の最後に、「人生に点を打つ」話にすごく感心しました、今後日本での生活、これからの人生により最高の作品を残すように頑張ります。



[9] 大仏の模様から

投稿者: 池内聖司 投稿日:2018年 6月14日(木)11時25分44秒 pw126035003091.25.panda-world.ne.jp  通報   返信・引用

今回の福島への古美術研修は私にとって初めての美術館などの設置されたものではない、自然の大仏をみる経験となりました。今回のツアーが楽しかったのは珍しい大仏を目れたからだけではなく、青木先生の解説や考えそして、面白おかしいお話、それらがあったからこそだと思います。
今回のツアーで私が特に気になった話は、授業中にも言われていたことですが、奈良時代あたりの頃に中国人が日本に来ていたのではないかという先生のお話しです。大仏の模様から想像される大仏がつくられた時の状況や作った人の人種を、 なぜその時代にそこで大仏が作られたのか 当時の経済状況(鉱石の発掘など)を交えての先生の持論が当時の人たちの考えを感じ取れるくらいの説得力だと思いました。
自分は正直そこまで大仏に興奮はできないのですが、歴史や人の欲望を交えたお話はとても楽しかったです。
今回の研修を企画してくださってありがとうございます!


大仏の模様から新たな発見があったら授業でやってほしいです。


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